和装の前撮りやフォトウェディングにおいて、ファシーノが大切にしているのは、流行の見栄えだけではありません。
衣装が本来持っている構造や格を理解し、花嫁様の着姿を美しく整えたうえで写真に残すこと。
今回は、私が婚礼写真の仕事を始めた原点と、和装撮影に向き合う姿勢についてお話しします。
趣味の写真を仕事にする責任
私は、もともと趣味として写真を撮っていました。
あるとき、カメラ仲間の結婚式にゲストとして参加し、その日の様子を撮影してWebアルバムを作り、後日プレゼントしました。
その写真を高く評価してもらい、今度はその仲間の先輩の結婚式を撮影してほしいと依頼されました。
写真を喜んでもらえることは、もちろん嬉しいことです。
しかし、結婚式は撮り直しのできない一日です。
一生残る婚礼写真を仕事として引き受けるのであれば、少しカメラを扱えるというだけでは無責任だと感じました。
仕事として受けるなら、プロの現場で勉強しなければならない。
そう考え、全国展開する大手の婚礼フォトスタジオに入りました。
そこで3年間、限られた時間と条件のなかで婚礼の現場を確実に成立させるための技術と責任を、徹底的に叩き込まれました。
厳しい型物の現場で学んだ、和装撮影の基礎
全国展開する大手の婚礼フォトスタジオでの3年間は、現在の私にとって大切な土台です。
そこは、婚礼の型物撮影にとても厳しい現場でした。
先輩たちは、花嫁様の立たせ方や身体の向き、手の位置、衣装の整え方まで細かく見ながら、限られた時間のなかで美しい形を作り上げていました。
その技術水準は非常に高く、私もその現場で、型物撮影の基礎と、婚礼写真として成立させるための厳しい基準を学びました。
その後も、厳しい着付けの先生から教えを受ける一方で、百日草の専門誌『はなよめ』を自ら買い求め、和装の構造や着姿について学び続けました。
現場で身につけた型物撮影の基礎に、着付けや衣装そのものへの理解が重なったことで、和装を見る目はさらに深まっていきました。
撮影技術だけでは、和装を美しく残すことはできません。
衿、袖、裾、褄、帯、抱え帯、掛下、末広。
それぞれがどのように重なり、どこに美しさが生まれるのか。
和装そのものを理解していなければ、着姿の乱れや、衣装の美しさが損なわれていることにも気づくことができません。
少なくとも私は、単に見栄え良く撮るだけではなく、衣装が本来持つ構造や格を理解し、美しい状態を作るところまで含めて婚礼撮影の仕事だと考えています。
打掛本来の美しさを生かす羽織り方
打掛は、ただ豪華な布を花嫁様に羽織らせれば美しく見えるものではありません。
羽織らせ方ひとつで、肩から裾までの流れや、花嫁様の佇まいは大きく変わります。
ファシーノでは、大河ドラマや『大奥』などの時代劇で見られるような、打掛の前を重ねて身体に巻き付けず、肩から自然に羽織って前を大きく開く着姿を大切にしています。
撮影用に前を深く重ねて固定するのではなく、打掛そのものが持つ重さや広がり、柄の流れを生かしながら、内側にある着物の層や小物も美しく見えるように整えます。
正面から見た一枚だけを整えるのではなく、横や斜めから見ても不自然にならない着姿を目指しています。
花嫁様を撮影する前に、まずお召しになる大切な衣装を粗末に扱わないこと。
衣装の構造を理解し、本来の着姿を損なわずに整えることが、和装の美しさを引き出す第一歩だと考えています。
型を知ったうえで、型に縛られず撮る
昔ながらの型物写真には、長い年月のなかで積み重ねられてきた技術や知恵があります。
一方で、昔から続いている形だからという理由だけで、すべてを絶対視する必要はないとも考えています。
ファシーノが目指しているのは、古い型をそのまま再現することでも、型を知らないまま自由に撮ることでもありません。
まずは和装の構造や格を損なわない、正式で美しい一枚を確実に残す。
自由な表情や動きのある写真へ展開するのは、その土台があってこそです。
知って崩すことと、知らずに崩れることは違う。
型を知らないまま撮影し、衣装の乱れや不自然な着姿を「自然体」や「自由な表現」という言葉だけで済ませたくはありません。
型を学び続けてきたからこそ、必要な部分を守りながら、花嫁様ご自身の表情や空気感を生かした写真へ展開できると考えています。
型を知ったうえで、型に縛られず撮る。
それが、ファシーノの和装前撮りに対する揺るぎない姿勢です。
衣装を正しく、美しく整えること。
撮影するお二人らしさを失わないこと。
そして何十年後に見返したときにも、和装本来の美しさを感じられる写真として残すこと。
一生に一度の婚礼写真を預かる責任を忘れず、これからも和装と写真の両方に向き合い続けます。

